東京地方裁判所 昭和39年(ヨ)2125号 判決 1967年10月25日
申請人
金田英作
右代理人
吉川昭三
外三名
被申請人
日本ナショナル金銭登録機株式会社
右代理人
矢野範二
外二名
主文
本件申請を棄却する。
申請費用は申請人の負担とする。
事 実<省略>
理由
一労働契約関係の発生
申請人主張の申請理由一の事実はすべて当事者間に争いがない。
(編注・雇傭契約の成立等の事実)
二本件解雇とその効力
次に被申請会社が昭和三八年一二月二三日申請人に対し同日限り申請人を解雇する旨口頭の意思表示をしたことも当事者間に争いがない。
そこで、進んで本件解雇の効力について判断する。
1 申請人が昭和三四年以後本件解雇に至るまでの間、昭和三六年二月から昭和三七年三月までの間を除き全金日本ナショナル金銭登録機支部の中央委員であつたこと、昭和三八年四月組合規約改正により蒲田支部が設けられると同時に同支部委員長を兼任して現在に至つていることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、申請人が、昭和三六年二月から昭和三七年三月までの間も全金日本ナショナル金銭登録機支部中央執行委員であつた事実を一応認めることができる。
ところで申請人が昭和三八年一一月一一日昼休み時間中被申請会社食堂内において同月一〇日付のアカハタ号外を配布したこと、右号外には同月九日の三井三池炭坑爆発事故と鶴見列車事故を報道する記事が掲載されていたこと、当時労使は年末闘争中であり、右アカハタ号外配付により申請人の解雇問題を惹起したことは、当事者間に争いがないところ、申請人は、右アカハタ号外は所属組合の教育宣伝資料として上部団体から送られてきたものであり、従つてその配付につき組合機関に諮る必要のないものであつたから、支部執行機関として一般の例に従い配付したものにすぎず、「正当な労働組合の行為」に該当すると主張し、(イ)<証拠>によれば、申請人の配付した前記アカハタ号外は全金東京地方本部南部地区選挙対策本部から送付されてきたものであることが、(ロ)<証拠>によれば、右アカハタ号外はタブロイド版一枚紙で、表面「アカハタ」なる題字の両側には「日本共産党総選挙合いことば、あなたの支持で共産党の躍進を、みんなでつくろう民主連合政府」及び「号外定価一部二円」とと各印刷されており、本文は「東海道線と三池炭鉱で戦後最大の大惨事」、「池田三年の悪政が爆発一瞬に三百余の命奪う。」という大見出しのもとに「三井三池炭坑爆発事故及び鶴見列車事故の如き大事故が続発するのは、自民党内閣の高度経済成長政策のもとにおける保安の無視、安全性の軽視にもとずくもので、昨年来の国鉄三河島事故、相次ぐ鉱山工場の大事故、交通事故と共にその根本の原因と責任は、自民党内閣の反動政策とアメリカ従属の悪政にある。」という趣旨の記事を冒頭に掲げ、以下表裏全面にわたつて前記爆発事故及び列車事故関係の報道で埋められており、それ以外の記事としては、「手段をえらばぬ自民の選挙」と題したいわゆる右翼背番号候補に関する記事のあることが、(ハ)<証拠>によると、蒲田支部の所属する全金ナショナル金銭登録機支部の執行委員会はかねて政治活動を目的とする文書の配付を慎もうという申合わせをしていたことが、(ニ)<証拠>によれば、前記アカハタ配付は、衆議院議員選挙の投票日を十日後の同月二一日に控え、被申請会社従業員食堂を利用していた非組合員を含む被申請会社従業員らを対象として無償で行われたことがそれぞれ疎明されるのであつて、以上(イ)ないし(ニ)の各事実を考えあわせると、右アカハタ号外は申請人主張のように上部団体から流された教育宣伝資新ではなく、日本共産党が総選挙をひかえて自由民主党を攻撃し、日本共産党の主議主張を宣伝することによつて党勢拡張に資するとともに選挙を自党に有利に導こうという目的にでた文書であり、申請人がしたその配付は、文書の内容入手先、配付の日時、配付先及び無償であることに鑑み、申請人の主観的意図如何、全金日本ナショナル金銭登録機支部が独立の協約締結能力を備えていたかどうかにかかわらず、労働組合法第七条第一号にいう「労働組合の正当な行為」とは認める余地のないものであるといわざるを得ない。何故ならば、申請人の行為は、労働組合機関の決定によるものでなくても、協約締結能力を有する労働組合の組織の一員としての行為と客観的に認められる行為である限り「労働組合の行為」と解すべきであるから、蒲田支部が協約締結能力を備えているならば、申請人の右配付行為を「労働組合の行為」と認める余地がないではないが、そうとしても当該労使間の基準の維持改善に関係のない政治活動についてまで使用者にこれを原因とする不利益取扱を禁止するのは労働組合法第七条第一号の趣旨ではないと解すべきところ、本件のように特定政党の党勢拡張を計り、あるいは公職選挙に特定政党の候補者に投票させる目的のもとに宣伝を行う文書を配付する如き政治活動は、たとえ「労働組合の行為」として行われても、到底同条同号にいう労働組合の正当な行為に該るとは認めることができないからである。それ故、前記アカハタ配付を理由としてなされた本件解雇は「労働組合の正当な行為」の故なされたものであつて組合法第七条第一号に違反するという申請人の主張は失当であるといわなければならない。
2 次に、申請人は、本件解雇が有効な就業規則の規定にもとづかず、懲戒解雇事由該当の事実もないのに被申請人の恣意に基いてなされたことに帰着するから権利濫用であると主張するからこの点について判断を加える。
(イ) まず、<証拠>によれば、昭和二七年一二月一日から施行され、昭和三六年四月二五日全文改正の後同年五月一日施行された(右規則第一一六条参照)被申請会社社員就業規則第一二条第一項には「社員は事業場内において政治活動をしてはならない。」、と規定されており同規則第一〇章一〇三条には、「社員はこの章の定めによるの外懲戒を受けることはない。」第一〇六条には、「懲戒は次の一あるいは二以上を併せ行い、これを全社に公報することがある。1号譴責(始末書を提出させて将来をいましめる)、3号出勤停止(始末書を提出させて出勤を停止し、この間の給与は支給しない、この場合出勤停止の期間は七日を超ゆることがない)、4号昇給停止(始末書を提出させて次期の昇給を停止する)、6号解雇(この場合退職金は原則として支給しない)、第一一三条には「社員の行為が次の各号の一に該当する場合は懲戒解雇に処する。(但書省略2号「就業規則……に従わず、会社の秩序を乱し、その情の重いとき」、10号前条の懲戒を受けたにも拘らず改悛または向上の見込がないとき」とそれぞれ規定されていることが疎明される。そして本件解雇が同規則第一一三条第2号及び第10号を適用した懲戒解雇として行われたことは当事者間に争いがない。
(ロ) ところで、申請人は、右就業規則第一二条第一項は、政治的中立の要請を受けることのない被申請会社が私経済生産業務の遂行上全く必要のない制限を従業員の政治活動に課するものであるから表現の自由を故なく制限するもので公序良俗に反し無効であると主張する。しかし、被申請会社が就業規則第一二条第一項により禁止している政治活動は、被申請会社事業場内におけるものに限られるのであつて、しかも右禁止が生産業務遂行上不必要な制限を課するものということができないことは後記のとおりであるからこの点に関する申請人の主張は採用しない。更らに申請人は、右就業規則条項が経営秩序維持の必要と無関係な制限を従業員の政治活動に課する限度で公序良俗に反し無効であると主張する。しかし、事業場内における政治活動が就業時間内に行われるときは勿論、休憩時間中に行われてもこれによつて他の従業員の休憩が妨げられ生産能率の低下を招くことがあり得べきことはいうまでもないから、右就業規則条項が経営秩序維持に無関係な制限を従業員の政治活動に課するものとする申請人の主張も採用することができない。また、申請人は、被申請会社就業規則に従業員の前記規定が申請人雇傭後設けられたものであり、しかもこれを設けるにあたつて申請人所属組合が書面で反対したから前記就業規則第一二条第一項は申請人に関する限り効力を有しないと主張するが就業規則中労働条件その他労働者の待遇に関する基準を定めた条項は格別、本件就業規則第一二条第一項のような条項は、その設けられる以前雇傭された労働者にも効力を及ぼすものと解するのが相当でありまた、これを設けるにつき労働組合の反対があつたというだけで該条項の効力を否定すべきいわれはないから、申請人の右主張は失当であるといわなければならない。更に、申請人は右就業規則条項は、事業場について物理的管理権の侵害がない限り労働基準法第三四条第三項との関係で効力を制限されるところ、申請人の本件アカハタ号外配付行為は事業場の物理的管理権を侵害したとはいえないから同条項を適用すべきでないと主張する。しかし、労働基準法第三四条第三項が休憩時間を自由に利用させることを使用者に命じているのは、労働者に義務を課するなどしてその休憩を妨げることを禁じたものであつて、労働者が休憩時間中いかなる行為をも自由にできることを保障したものではない。従つて、労働者は休憩時間中法の禁ずる行為をすることができないのは勿論、使用者がその事業場の施設及び運営について有する管理権にもとづいて行う合理的な禁止には従わなければならない。換言すれば使用者が、事業場内における労働者のある種の行動を休憩時間中も含めて一般的に禁止しても、それが労働者を完全に仕事から切り離して休息させ、労働による疲労の回復と労働の負担軽減をはかろうとする休憩制度本来の目的を害せず、また事業場管理権の濫用にわたらない合理約な制限である限り無効ということはできない。これを本件についてみると事業場内において過すことを通例とする多数労働者の休憩時間が一部労働者の政治活動によつて妨げられることがあつては休憩制度本来の趣旨はかえつて没却されることとなり、ひいては事業場内における生産能率の低下をまねくおそれもないではないから、使用者が事業者内における労働者の政治活動を休憩時間中にそれを含めて一般的に禁止しても事業場管理権の濫用ではなく、もとより休憩制度本来の趣旨をなんら害するものではない。従つて、事業場内における労働者の政治活動禁止を規定した就業規則の前記条項は物理的管理権の侵害を伴うと否とに拘らず、休憩時間中の政治活動一般に適用があるべきものであつて、これと相容れない見解に立却する申請人の主張はこれを採用し難い。
なお、被申請会社事業場内で従来社会新報等政党機関紙の配布が黙認されていたという<証拠>は、たやすく信用し難く他にこのような事実を疎明し得る資料はない。
(ハ) また、申請人が昭和三五年一一月年末闘争にあたり蒲田工場保有の糊等の不正使用のため被申請会社就業規則にもとづき譴責処分を受け、次いで同三七年一一月賃金及び年末一時金闘争の際被申請人主張のような電源スイッチ不法操作のため前記就業規則もとづき出勤停止、譴責及び昇給停止の処分を受けたこと及び右処分時申請人はその都度申請人に対し始末書を提出したことは当事者間に争がなく、その後者の場合は<証拠>によると、懲戒委員会としては電源スイッチ不作操作の情状に照らして解雇をむしろ相当とするけれども、特に今回に限り前記出勤停止等の処分をなすに止め、申請人から陳謝と今後更に規則違反を重ねるときは解雇されても異議はない旨を明記した始末書を徴することを議決し、申請人もこれをうけ入れ右のような始末書を提出したものであることが疎明される。
以上(イ)ないし(ハ)に判示するところからすれば、申請人の本件アカハタ配付の行為は、被申請会社就業規則第一二条第一項に違反するものであつて、被申請会社の秩序を乱すものであるこというまでもなく、また、従前再度にわたり就業規則にもとづく懲戒処分を受けながら重ねて右規則違反に及んだ点においてその情状は決して軽いものとはいい難いのみならず、改悛の見込がないものといわれてもしかたがない。そうであるとすれば、被申請人が右アカハタ配付を理由として申請人に対し同就業規則第一一三条第二号及び第一〇号を適用して懲戒解雇したことには、すくなくとも違法の点はないというべきであり、本件解雇が解雇権の濫用として無効であるという申請人の主張も遂に採用することはできない。
三しかも、本件解雇が申請人の責に帰すべきものであることは、前認定の諸事実によつて明らかであるから、その意思表示を申請人に対し口頭でした昭和三八年一二月二三日直ちにその効力を生ずるものであつて、申請人と被申請人との間の労働契約関係は同日限り終了したものといわなければならない。
四以上の次第であるから、その後もなお右労働契約関係が存続することを前提とする本件仮処分申請はすべて失当として棄却することとし、申請費用につき民訴訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(川添利起 園部秀信 西村四郎)